第4回世界鍼灸学会連合会学術大会(ニューヨーク大会)発表論文


弁証論治の応用による眼科治療の標準化作業
1,000眼の治療分析

○吉川 正子(北海道・帯広市 東方鍼灸院)
北海道・釧路市 杏園堂鍼灸院   須藤 隆昭
秋田県・秋田市 大成鍼灸院    加藤  均
秋田県・秋田市 大成鍼灸院    小野寺尚子
北海道・釧路市 鈴木はり灸治療室 鈴木恵美子
北海道・北広島市 伯仁堂鍼灸院  浜野 好伸


■はじめに
  鍼灸対象疾患として、近視、乱視、遠視、白内障など眼科疾患の臨床が増える中で、弁証論治による診断治療の標準化作業を推し進めた。マニュアルにしたがって鍼灸治療を行うと、効率がよくかつ効果的な治療ができるのでここに報告する。使用したデータは1996年3月までの最近治療した1,000 眼を用いた。

1.鍼灸医学では、眼の病変をどのようにとらえ治療するのか、基本的な概念を認識することが大切です。
  “目は五臓六腑の精気を受けてよく見ることができる”“肝は目に開竅する”と古典でいっているように、目と内臓の関係は最も密接です。目の不調はとりもなおさず五臓六腑の不調が原因で起こることが多いのです。
五輪学説でも、目と内臓の関係を裏付けています。

2.治療の手順

  1. まず全身状態を把握するため、四診法―望・聞・問・切を用いて弁証し、その矛盾を解決する論治、つまり本治法を行います。
  2. 目の周囲や目に関係の深い局所の反応を調べ、これを改善する治療、つまり標治法を行います。
    治療は以上の二つの角度から行います。
  3. 補助療法として患者が自分自身でできる目のマッサージ法や、ローラー鍼療法、温灸療法などを指導します。

3.臨床の実際
  臨床上どのように治療するのか、具体的に説明します。
(1)カルテの記入後、治療前の視力検査を行います。

(2)四診法により八綱弁証、臓腑弁証、経脈弁証を行う。特に舌診、腹診、脈診は重要である。
  舌診では、舌質と舌苔に分けて、八綱・臓腑・経脈などを弁証します。
  腹診では、募穴の圧痛・硬結・寒熱・陥下などの反応を診て、五臓六腑の変調を診ます。特に右季肋部の肝の部位の反応に注意します。 脈診では、特に浮沈・遅数・虚実により八綱弁証を行い、鍼の深浅、置鍼の可否、補瀉を決めます。また、左右の寸、関、尺の三部位で、どの臓腑・経絡に変調があるかを弁別する。

(3)眼科疾患に多い弁証分型を次に述べます。

・.肝腎の変調によるもの(肝腎不足、肝腎陰虚、肝血不足、肝陽上亢、肝火上炎、肝気鬱結、精血不足など)
“肝は目に開竅する”といわれるように、実際目の疾患は肝に起因するものが多い。
舌診――舌辺、舌根部の舌質、舌苔に変化が見られる。
腹診――右季肋部および膏兪に圧痛などが認められる。
脈診――弦滑、細数、左関尺の変動が見られる。
弁証分型全体の比率―56%

・.心脾の変調によるもの(心陽不足、心脾両虚、心気虚、心血不足など)
  舌診――舌尖、舌中部の舌質、舌苔に変化が見られる。
  腹診――A中、巨闕、章門、中Bに圧痛などが認められる。
  脈診――細弱、虚緩、左寸、右関の変動が見られる。
  弁証分型全体の比率―19%

・.脾肺の変調によるもの(肺気虚、肺陰虚、脾気虚、風寒束肺など)11%
・.腎肺の変調によるもの(腎陽虚、腎陰虚、腎精不足、肺腎陰虚など)8%
・.肝肺の変調によるもの(肝火犯肺)3%
・.その他の変調によるもの(肝脾不和、肝胃不和、脾腎陽虚など) 3%

(4)(3)の弁証に基づく治療法を本治法といい、それぞれの治療穴を紹介します。

・.肝腎の変調によるものは、肝経の太衝、腎経の太渓などに切皮程度刺入する。一般に鍼は15〜20分程度置鍼する。
・.心脾の変調によるものは、心包経の内関、脾経の公孫などに切皮程度刺入する。
・.脾肺の変調によるものは、脾経の太白、肺経の太渕などに刺入する。
・.腎肺の変調によるものは、腎経の太渓、肺経の太渕などに刺入する。
・. 肝肺の変調によるものは、肝経の太衝、肺経の太渕などに刺入する。

本治法により、腹部の反応が消失しているか否か確認する。腹部の圧痛、硬結、寒熱、陥下、腹脹などの反応が消失していれば、体内の主な矛盾は解消していると考えられます。つまり、内臓の機能が改善されているということです。

(5)局所の改善をはかる標治法を行う。
  局所の改善をはかるのを標治法といいます。本治法だけでも、体内のエネルギーや栄養の流れは改善され、当然、目にもよい効果が出てきますが、局所の生理状態も改善した方がより効果が早く現れるので、目の周囲の反応を取ります。従来、眼科治療といえば、目の周囲に鍼を刺入する方法が一般的でしたが、これでは顔面内出血の危険性もあり、普及しにくい。そこで、顔面に鍼を刺入しなくても効果的な方法を研究しました。目の周囲に経穴がたくさんありますが、大体10ヶ所位を圧してみて痛いとか気持ちがよいとか、他より異なる感じがする所を探し反応点とします。そして、それぞれに対応する同じ経脈上の遠位取穴による治療点に刺入します。例えば、目の外側、太陽付近に反応があれば光明に刺入し、目の内趾睛明に反応があれば至陰に刺入します。刺入後、ふたたび目の周囲を圧し、反応が消失しているか否か確認します。この確認する作業が重要です。このことにより鍼灸の不思議な即効性を患者自身が体験できるのです。

(6)後頸部、背部の反応を取る。
  例えば、後頸部の膀胱経の天柱に反応があれば申脈に刺入します。背部は背部兪穴の反応を取るのに、同じ膀胱経の絡穴・飛陽に鍼を刺入すると反応が消失します。あるいは直接その兪穴に刺入します。

(7)治療効果を強固にするため、他の治療法も応用する。
  治療効果を強固にするため、温灸療法、頭鍼療法、耳穴圧豆法、手根鍼法、梅花鍼法、ローラー鍼法、眼窩鍼法など、適宜応用します。

(8)治療後の視力検査を行う。
  治療直後は、物がぼやけて見えることが多いので、15分位後に再び視力検査を行う。この時点で既に 0.3〜 0.5ポイント向上していることもよく経験しています。この結果をカードに記録し、患者に渡します。このことは、患者自身が注意事項を守り、治療意欲を増大させるのに役立つ。

(9)患者自身が自宅で出来る治療法を指導する。
  目のマッサージ、ローラー鍼療法、温灸療法など、自宅でできる治療法を指導します。

・.最近の 1,000眼の治療効果の分析結果を報告します。
  症例は、男 217人、女 299人、計 516人、年齢は、 3歳から78歳まで、平均20.6歳でした。病名は、近視、遠視、乱視、老視、白内障、緑内障その他様々でした。1クール10回の治療とし、数クール行いましたが、2クール以降のデータは途中でやめる人もいるので単純に比較結論付けられませんが、そのような制約の中でのデータということをご了解願います。1クール治療後平均視力は0.36向上しました。

図解

これは、初診時視力別に治療後の平均値を出したもので、1クールから8クールまで、クールの終了時の視力を表したグラフです。1クール目の回復率が大変よいが、その後は緩やかに上昇する傾向が判る。
  Fig.1の 0.1以下の患者も、治療効果があることが判る。
図解

初診時視力が 0.1以上の 792眼の治療前視力別眼数を表したヒストグラムです。
  初診時視力が 0.3以下のものが 563眼で全体の71%を占めている。
図解

1クール10回治療後の視力別眼数を表したヒストグラムである。
  治療前と比較し、治療後は 0.6を頂点に、山が大きく右に移行し、視力が向上したことが判る。
図解

1クール10回治療後、視力がどれだけ向上したかを表した視力増加量のヒストグラムである。 0.3向上したものが 173眼と一番多く、ついで 0.4向上したものが 166眼で、平均0.36向上した。

・.考察
  私たちのこの方法は、顔面に刺入しないので、内出血などの心配もなく、しかも効果がよい。結果がすぐに数値になって現れるので、治療効果の判定ができ、患者自身が数値を確認できるので、意欲を持って治療を受けられる。
  局所治療だけでなく、弁証論治による本治法と、遠位取穴、浅刺微小刺激による標治法を組み合わせたこの治療法は、眼科領域だけではなく、他の疾患にも応用できる。
  鍼灸の受療人口が非常に少ない現状の中で、視力向上を望む人は、子供から老人まで幅広く存在します。特に、子供の治療を行うことにより、成長過程における様々な疾病に対して、治療法の一つとして鍼灸を重視する意識を育てられることは有意義なことです。
  以上のことから、鍼灸は、眼科治療の面でも、充分に人類の健康に寄与できるものと確信する。