第35回日本伝統鍼灸学会学術大会 北海道大会
2007年10月28日(日) 14:00〜15:00
札幌サンプラザ平安の間C会場


実 技 供 覧 資 料


中医鍼灸研究会 東方鍼灸院 吉川正子

 

■はじめに

鍼は1本で生体の色々なところを活性化する。私たちは鍼を経穴に刺入あるいは接触させるというわずかな刺激で大きな変化をもたらす手法により、日々臨床で確実な効果をあげている。理論的には中医学(素問、霊枢、難経、傷寒論以下古典書籍を体系的にまとめた学問)を取り入れつつ、日本伝統鍼灸の体表観察を重視し、1本刺入するごとに体表反応の変化を診て経脈の改善を実感できる治療法を行っている。

■実際の臨床手順

診断
原則として四診法を用いて総合的に病の状態を把握する。
望診− 体格、姿勢、動き等全身から病態を把握する。
舌診で八綱、臓腑、経脈、気血津液、痰濁、瘀血等の弁証を行う。
聞診− 臭い、音声。
問診− 何処が、何時から、どのような状態か問診する。随伴症状、既往歴、食欲、二便、睡眠状態等を聞く。
「何処が」で病む部位が何経に属するかを確認する。
「何時から」で急性、慢性を知り、補瀉を考慮する。
「どのような状態か」で寒熱(暖めると楽なら寒、冷やすと楽なら熱)、痛みの種類(刺痛なら血瘀、穏痛なら虚、重だるいなら湿邪等)等、症状との関連で問診を進める。
切診− 脈診 六祖脈の浮沈で表裏の病位、遅数で寒熱等の病の性質、虚実で病の勢い、寸・関・尺部で臓腑の虚実、脈状診で病脈をそれぞれ診る。
身体各部の触診反応を調べる。
  1. 局所の触診−冷熱、圧痛、皮膚の潤燥、浮腫、運動制限等を調べる。これにより何経のどのような異常かが確認できる。
  2. 腹診と背診−主に募穴や兪穴の圧痛、硬結、陷下、膨驕A発汗、冷熱、変色等を調べる。これにより臓腑の異常が確認できる。
  3. 経別理論でいう首周六合(人迎、扶突、天窓、翳風、風池、天柱)の反応を調べる。これにより六陽経とその表裏経の異常が確認できる。
  4. 腓腹筋の圧痛、硬結を診る。主として、築賓、蠡溝、陰陵泉の付近の把握痛を調べ、下肢の経脈の流注状態を確認する。
  5. 足底の圧痛等を調べる。
これらの触診情報より臓腑・経絡の異常を確認する。
上記四診を総合し、何経又は何の臓腑のどのような病変か弁証(証を弁別)する。

治療
上記の結果確認できた異常反応を改善するための選経、選穴を、繆刺、巨刺、循経、表裏、陰陽交差、子午、五行相生相剋その他の取穴法により行い全ての反応を消去する。
鍼灸医学の基礎理論は陰陽五行と経絡学説から成り立っている。 あらゆる病症は陰陽のバランスの崩れよりおこる。陰は静的、冷的、裏的、陽は動的、熱的、表的なものであり、物事の相対立するものの偏在を問題としている。また五行は五臓六腑に代表される臓腑機能等であり、あらゆる病症は全ていずれかの臓腑の異常に起因し、内臓との関連で症状が出現する。故に根本治療は、どの臓腑と関連があるかを明確にすれば治療法もはっきりする。
(治療の手順)
"急なればその標を治し、緩なればその本を治す"という原則がある。病の発展段階は外因性のものは皮毛→孫絡→絡脈→経脈(陽経→陰経)→臓腑(腑→臓)であり、内因性のものは臓腑(臓→腑)→経脈→絡脈→孫絡→皮毛である。故に急性期であれば病は表にあり邪実を瀉す。慢性期であれば裏にあり、臓腑経脈を弁証して経穴を選んで臓腑機能を改善する。


本治法
本治法とは病の根本を治すという意味で、人体の十二経脈の気血の流れを円滑にし、臓腑経絡の働きを調整するものである。日本の伝統経絡治療等では、病の根本に対する治療を本治法、症状に対する治療を標治法として二つを組み合わせて治療する。
中医鍼灸では、主として問診を重視し、四診総合し、弁証により処方を決定していくつかのツボに鍼を刺入する。しかし、我々は、日本で発展した腹診を重視した本治法により、鍼の効果を1本1本確かめながら体内の変化を確認する日本鍼灸の優れた鍼法に、中医学の理論を応用し効果的な治療体系を構築してきた。素問刺法論に"正気存内、邪不可干"、素問評熱病論に"邪之所奏、其気必虚"として、身体内部を問題としている。「人体は臓腑を中心として構成されており、ほとんどの疾病は対応する臓腑との関係の中で発生するので、全ての病症の治療は具体的臓腑から着手すべきであり、陰陽の偏盛と偏衰も臓腑にまで掘り下げて初めて具体的治法が導き出せる。」(「中医鍼灸学の治法と処方」東洋学術出版社より)とある通り、本治法はあらゆる病症に適応できる。

[ 本治法のやり方 ]
脈診
浮−主に表証であるから、浅刺又は接触鍼を主とする。
沈−裏証であるから主として深刺、しかし経穴は体表に現れるから経穴に鍼尖を接触させるだけで深部を流れる経脈に影響を与えると考えられる。
遅−主に寒証が多いので置鍼を長くし、灸等の温法を加える。
数−主に熱証の場合が多いので、原則として速刺速抜で置鍼しない。急性熱証実証では刺絡を行う。
虚−力が弱く、正気の虚損を表しているから補法(主に経の流注に沿って順の方向へ刺入又は接触させる。抜鍼後鍼孔から気が漏れないようにする)を行う。
実−力が強く、邪実、旺気実を表しているので、瀉法(経に沿って逆方向に刺入又は接触又は刺絡)を行う。

腹診
<募穴図>
腹診は仰臥で胸腹部の募穴の反応を調べる。複数の募穴に反応がある場合、他の情報と総合して選穴する。

反応募穴

臓腑

主な治療穴(五輸穴・郄穴・絡穴)

 1.中府

尺沢〜少商

 2.膻中

心包

曲沢〜中衝

 3.巨闕

少海〜少衝

 4.中脘

足三里〜児[

 5.期門

曲泉〜太敦

 6.日月

陽陵泉〜竅陰

 7.章門

陰陵泉〜隠白

 8.天枢

大腸

曲池〜商陽

 9.石門

天井〜関衝

10.関元

小腸

小海〜少沢

11.中極

膀胱

委中〜至陰

12.京門

陰谷〜湧泉


背診
<兪穴図>
伏臥で兪穴の反応を調べる。

背部兪穴

 1.肺兪

 2.厥陰兪

 3.心兪

 4.肝兪

 5.胆兪

 6.脾兪

 7.胃兪

 8.三焦兪

 9.腎兪

10.大腸兪

11.小腸兪

12.膀胱兪


頚部六合の反応を調べる
頭部への経脈の流注は陽経が主であり、陰経は経別理論で頚部六合の
一合…太陽膀胱経と少陰腎経が天柱で
二合…少陽胆経と厥陰肝経が風池で
三合…陽明胃経と太陰脾経が人迎で
四合…太陽小腸経と少陰心経が天窓で
五合…少陽三焦経と厥陰心包経が翳風で
六合…陽明大腸経と太陰肺経が扶突で合流し、表裏経を密接に関係づけている。
この頚部周囲の圧痛等の反応を調べることにより、頭部への経脈の流注状況が確認できる。

腓腹筋の圧痛等を確認する

足底の圧痛等の変化を診る

四診総合した結果、何経又は何の臓腑のどのような病変か診断し、主として五兪穴、絡穴、郄穴、下合穴など手足の要穴の反応(気持良く感じるところ、圧痛、寒熱、陥下、膨隆、発汗などが著明なところ)を見つけて本治法を行い、胸腹部の反応を消去する。背部兪穴の圧痛、膨隆などに対しては主に反対側の兪穴に刺入して左右のバランスをとり、陥下には温灸や灸を加えるなどして背部の反応を消去する。
手足の要穴への施鍼により頚部六合の反応を消去すれば頭部への循環が改善したことを確認することができる。
本治法の一穴で腓腹筋のこりや圧痛等が瞬時に取れることが多い。これにより経脈の存在が証明でき、患者も鍼灸の効果(即血流が改善するという実感が得られる)を感動を持って認識できる瞬間でもある。
又、足底の圧痛等の異常反応は、関連する背部兪穴などに施鍼すると反応が取れ、足先まで流注が改善したことを確認できる。



標治法
症状のある部位の反応を調べてそれが何経に属するかを弁別して兪募穴や同名経陰陽太極点などで治療する。例えば示指がしびれて痛い場合反対側の大腸兪へ、あるいは足首外果の前下方丘墟の付近が痛い場合、反対側の腕の大陵等に鍼をすると瞬時に症状が改善されることが多い。


■終わりに

鍼灸治療で病が治癒するのはどういう理由からか。
人体は経絡によって有機的統一体を形成しており、経脈の流注異常が病であり、十二経脈の環の流注を回復させることが、各種生理機能の改善に繋がり、病が治癒すると考えられる。
ある経のある経穴に鍼をすると経脈を通じて臓腑に働きかけ、臓腑機能が賦活され細胞の生理状態が活性化する。
鍼灸治療において最も重要なことは臓腑経脈弁証である。何経あるいは何の臓腑のどのような病変かが明確になれば、治療はその関連経脈上の経穴を選んで施鍼施灸すればよい。
一つの例として、膝の前内側(脾経)に水がたまって痛くて正座できなくなった時、多くの場合章門(脾の募穴)や脾兪などにも圧痛等の反応が出る。この場合対側の脾経の大都に鍼を接触させると章門の圧痛が消失すると同時にたまった水も減少してくる。この間何秒とかからない。これは"脾は水湿の運化を主る"という臓腑の生理が改善されると共に、膝の脾経にたまっていた水も利湿されるためである。大都は脾経の滎火穴は身熱を主るので炎症性疾患に用いられるし、火穴は心に属し五行では脾(土)の母にあたるので"虚すればその母を補う"の原則にも合致する。更に対側の曲池も陰陽のバランスを取るのに有効な穴位である。曲池は陽明大腸経の合土穴であり、土穴は脾に対応するので利湿作用もあり、又、太陰脾経と陽明大腸経は手足の上下、左右、表裏の陰陽のバランスが最も良く取れる部位でもあるので更に効果を益す。又、伏臥位で膝を屈曲させて痛みの再現する角度を確認し、膝窩の圧痛等の反応を調べ、陰谷にあれば対側の腎兪に鍼をすると即陰谷の圧痛が消え屈曲角度が改善する。この時、大腿前側の張りを感じる場合、前側の外側であれば胃経、内側であれば脾経であるからそれぞれの背兪穴に施鍼すれば即張りは消失する。このような現象は、日常の臨床で常に普遍再現性のある事実である。
又、脈舌、兪募穴の他六合や腓腹筋、足底などの反応がまだ残っていれば最終的にそれを全て消去できれば症状として現れていない変調も改善でき十二経脈の完全な流注が回復したことを確認でき、未病治にも繋がる。
このように鍼は瞬時に生体を変化させ得るのである。
これにより、経脈の流注が改善し、常によい循環を維持できるようになれば代謝が促進されて治癒するのである。
鍼灸は、十二経脈の環の流注を改善できれば生命をよりよい状態へ導けるのであらゆる病症に広く用いられる優れた治療法といえる。